百色なひと File.10 [3/3] 2020.04.07
謙虚に、こだわり、生み出す世界[後編]
ジヌシ ジュンコさん・カトウ キョウコさん │ ANTIPAST
今回の「百色なひと」では、徹底したものづくりの精神と、ファッションへの愛が生み出すブランド「ANTIPAST」のデザイナーであるジヌシ ジュンコさんとカトウ キョウコさんを訪ねます。 後編は、おふたりの若いころの経験から今に至る人生観まで。生きかたのヒントが見つかるようなお話をたっぷりと伺います。
(前編はこちら)
(中編はこちら)
聞き手:新原 陽子 (SANPO CREATE/百色日記編集部)
小さな経験から自分に自信を
―自分の想いが強すぎると「俯瞰」が難しいこともあります。
ジヌシ:私は若いころ、本当になにもできなくて(笑)。私みたいな人間が社会に出ていいの?くらいに思ってた。自信もなくて。入社した職場で、わたしになにができるのかと考えたときに、できると思ったのは、電話に出ることと、お茶くみ。あとみんなの筆を洗うこと。
―筆、ですか?
ジヌシ:デザインの会社だったから、筆をつかうんですよ。それで、この3つだけ自信をもってやれるまで頑張ろうと思って、ちゃんとできるようになったんです。そしたら、ある日、取引先の人から「電話が明るいね、感じがいいね。」って言われて。そういう小さなことから、自信がつきはじめたんですよね。それから、アルバイトで接客の経験があるんですが。よく観察していると、お客さんが本当に買う気なのか、見るだけなのかだんだんわかってくる。とくに若いころはひとの心の機微を感じ取る時間を大切にすると、成長につながるんじゃないかな。
―特に最初は、大きな理想を掲げてしまいがちに。
ジヌシ:若いときって自分のことで精いっぱいですよね。でも小さなことでも自信があれば、次は誰かのためになにができるかなって考えられるようになる。それが見つかればパーッと、周りのことがわかるようになって…。ひとつだけでもクリアすれば、意外に自分が「役に立っている」という実感を得られる。そしたら、急にいろんなことが大丈夫になったりしますよね。自分になにもないと不安で、ひとのことになんて構ってられないから。まずはひとつだけでも、自分のなにかに自信を持つ。小さなことでいいんです。毎朝1番に職場に着くとか。わたしがそうだった。誰よりも絵が下手で、全然戦力になっていないなと思っていたけど、毎朝1番に職場に行って、鍵をあける。そんな小さいことでも積み重ねていくと、結構大きな自信につながるんじゃないかな。
視野は広く耳は澄まして
―カトウさんは、若いころどうでした?
カトウ:わたしは「わたしできる」って思っちゃっているひとだったから(笑)なんでそうだったかというと、普段から職場で五感を研ぎ澄ましていたから。当時は社長の直属で小間使いのように働いていて。社長から「カトウくん」って呼ばれるときには、次に何を言われるかもうわかっていたんですよね。
―周囲のことをよく観察されていたんですね。当たり前に気配りできる…「気がつく人」って本当にすごい。自分の中にこもっていないで、気配りのアンテナをどんどん外に向けていくことが大切ですよね。
カトウ:社長に「お前、テレパシーか?」って言われて、「あ、わたし仕事できるのかも?」って、それが自信になっちゃった(笑)仕事をしていると集中して、目の前のことしか見えなくなることってあるけれど、そういうときこそ、視野は広げて、耳はダンボに。仕事って、絶対に人と連携しないといけないから。そのためには、自分のまわりの誰がなにをしているかを普段から気にしておかないと。そうじゃないと、毎回イチから説明する必要が出てくるでしょ。周囲に意識を向けてないから、「え、それなんですか?」ってなっちゃう。
―耳を傾けて視野を広げれば、そこから自然とコミュニケーションが生まれ、豊かな人間関係が広がりまね。誰かのために動くことが楽しい、人が喜んでくれることが嬉しい…。そんな風に思えると、自分自身も幸せを感じられますよね。
人生という川に流されないように流される
―この先はどんなことを?なにか野望はありますか?
ジヌシ:今までが川の流れのように生きてきたので…。
カトウ:流されないように、自分たちの意志で流れてきたという感じ。今後もね。私たちのもっと先輩って、川をつくるところからやってきたじゃないですか。私たちの時代はもう川ができていて。私たちはその川に流れて、分岐点のたびに「どっちいこうか?」「こっちいこうか?」みたいな感じ。
―面白いですね。
ジヌシさん:もちろんふたりだけでここまで来たわけではなく。その分岐点のたびにアドバイスがあって、それに導かれるようにして。そういうのが自分たちには合っていたのかも。もう年齢的には導く側にならなきゃいけないんですけど(笑)また導きがあれば続けられるし、自分たちが「やりたい」という想いがある間はアンティパストをつづけたい。
―おふたりは本当に私たちにとって憧れ。いつもまとっている雰囲気がハッピーな感じがして。
カトウ:不思議とみなさんにはそう言っていただけるんですけど、実際は水鳥みたいですよ。すまして泳いでいるように見えるけれど、水中の足はバタバタ(笑)。いつも必死です。ものをつくるときは結構、闘いなので大変ですね。その結果が、みなさんにとって幸せに、楽しく感じられるならいいかな(笑)
―これからも、ずっとファンです。おふたりの想いがたくさん詰まったアンティパストの繊細で丁寧なモノづくりをこれからもずっと応援しています。
ジヌシ:ありがとうございます。年を重ねるというのはきれいなことばかりじゃなくて、すごく大変なことも多いので、そういうのも折り合いをつけていければ続けられるし…。でも、ゴールがあってそこまでやりたい、というのではないかな。
カトウ:というわけで、どちらかというと私たちは野望が無い(笑)でも、ちゃんと続けられるように、とは思いますね。続けるのってみなさんに認めてもらいながらじゃないとできないから。靴下を履いてくれるかたはもちろん、工場さんやバイヤーさんからも評価してもらいながら、ちゃんと、続けられたらいいですね。
【編集後記】
昔から大好きでずっと集め続けているアンティパストの靴下やタイツ。今回、お話を伺い改めてアンティパストは靴下を「ファッション」として世界中に発信するという偉業を成してきたのだと思いました。それはゼロからイチを生み出すこと。謙虚に、しぶとく、妥協せず。でもそこにずっとあったのはファッションへの愛。そのパワーと強い想いを想像し、圧倒されました。印象的だったお話はたくさんありますが、とくに挙げるとすれば、若いひとたちの生きるヒントとなるような珠玉のメッセージたち。小さいことでもなにかひとつできるようになって、自信をもつこと。その積み重ねが誰かのためになにかをしたいという気持ちに繋がる。そして、周囲に自分自身を開くこと。目の前の人の喜びが自分の喜びになる。それが「幸せ」っていうことなのかもしれません。心の底からじんわりあたたかくなる、素敵な時間でした。
Interview:Yoko Shinhara(SANPO CREATE)
Text:TEEMA, INC.(Yoko Okazaki・Yumi Iwasaki)
Photos:Satoru Nakano
Design:MATO INC.
INTERVIEWEE
ジヌシ ジュンコさん・カトウ キョウコさん | ANTIPAST
ANTIPASTデザイナー。それぞれがプリントと染め、織物のテキスタイルデザイナーとして活動後、雑誌、広告等のコスチュームやアクセサリーを共同で製作しはじめたことを機に、1991年にCoup de Champignonを設立。翌1992年 PARIS PREMIERE CLASS にて、ANTIPASTとしてデビュー。2005年S/Sシーズンよりアクセサリー中心のANTIPASTに加え、ウエアーを中心とした「+ANTIPAST」を開始。その繊細なつくりと唯一無二の魅力的なデザインは日本のみならず世界中のファンに長年愛され続けている。