百色なひと File.10 [2/3] 2020.04.07
謙虚に、こだわり、生み出す世界[中編]
ジヌシ ジュンコさん・カトウ キョウコさん │ ANTIPAST
今回の「百色なひと」では、徹底したものづくりの精神と、ファッションへの愛が生み出すブランド「ANTIPAST」のデザイナーであるジヌシ ジュンコさんとカトウ キョウコさんを訪ねます。前編では、アンティパストのはじまりや靴下がもつ力についてお話を伺いました。続く中編では、ものづくりの楽しさ、そして難しさについてもさらに深くお聞きします。
(前編はこちら)
(後編はこちら)
聞き手:新原 陽子 (SANPO CREATE/百色日記編集部)
「いいモノ」を手にする体験を
―うちの若いスタッフには「質の良い、本当にいいものを手にすることが大切」と折々に伝えていきたいと思っています。
ジヌシ:いいものを手にする経験がないと、それがどれだけいいかっていうのはわからないですよね。経験がないまま「ここらへんでいいや」ってなると、その範囲で一番いいのはコレ、という感覚になる。どうしてもそこから上にはいけないですよね。
―いいものを手にした経験から上を見ると全然違ってくるし、新たな道が開けるんじゃないかなと思います。
カトウ:私たちがものをつくるときは、経験値として、素材はできるだけいいものを使いたい。だから低価格にはできないけれど、触ればわかる絶対的な良さとかこだわりをはっきりとアピールできるようなものづくりじゃないといけないと思っています。
靴下2,500円って高い?
―今日はアンティパストさんのタイツを履いているんですが、履けばすぐに素材の良さがわかります。本当に気持ちよくて、まったくムズムズしません。今日はこのタイツとサンタがソリに乗っている柄の靴下とで迷いました。
カトウ:ありがとうございます。懐かしい…。すごい昔の靴下持ってるんですね。
―今年の冬は天使のデザインのものがありましたよね。ああいう物語のある柄が大好きです。仕事場でちょっと疲れた瞬間にも、履いている靴下を見てハッピーになっています。
ジヌシ:やっぱり履いた時に高揚感がないと。落ち込んでいるときに敢えてきれいな色を着るとか。病気の人も、着飾ってお化粧すると元気になりますよね。
―洋服はTPOだったり、相手への思いやりも必要ですが、靴下って「本当の私」をこっそり、でも思い切り表現できる自分らしい世界だなと。
ジヌシ:そうですよね。靴下って身に着けられるものの中で、最小単位のものでしょ。うちの靴下は靴下としては高いかもしれない。でも考えてみれば、2,500円の服は、安い服かもしれないけれど、2,500円の靴下はいい靴下。プレゼントにもなるし、うれしくなるお金の使いかただと思うんです。それで少しでも心がふわっと明るくなるなら、すごくいいアイテムじゃないかなって。
―本当にそうですよね。手間や時間がたくさんかかっていることを考えても。
ジヌシ:靴下づくりって手仕事がたくさん残っているんですよ。編み機だけが機械であとはすべて手作業。ひとつひとつコンピューターに柄をいれて、配色して。リンキングっていう、ひと目だけ縫うひともいて、アンティパストのハンコを押すとか、最後にシールを貼るのも手作業です。
―ますますアンティパストの靴下が愛おしくなってきました。
カトウ:検品も手作業ですよ。ひとつひとつ。それに手作業じゃない部分…編み機で編むときも、うちの靴下はたっぷり時間をかけて編むんです。とくに、かかとの部分。時間をかけて、かかとのサイズに余裕を持たせることで、靴の中で靴下がズレにくくなるんです。
―靴下という世界につめられた、たくさんのこだわりを感じます。
「俯瞰」と「自分実験」は怠らない
―アンティパストを履いている人を見つけると、「友達になれそう」って思うのは同じ価値観を共有しているように感じるからかも。そんな密かな連帯感も味わえる、アンティパストの世界って本当に楽しい。
ジヌシ: 自分で自分を盛り上げるのって大変だけど、ひとから言われると自然と気分が盛り上がりますね(笑)
カトウ: 履いてくださる方たちの高揚感は本当に大事。そこが一番うれしいし、やりがいになります。バイヤーさんたちがその高揚感を毎回伝えてくれてうれしいんだけど、同時に「でも大丈夫かな、今年」っていう気持ちも実はあって。いいものが出来た!と思ったときはひとりで「ヒャー!かわいい!!」って興奮するけど(笑)展示会の前はいつも、大丈夫かな?って、身が引き締まりますね。
―そんな不安もあったとは。
ジヌシ:もちろんベースに「私たちらしさ」はあるんですけれど、そればかりを押し付けてないかなっていう迷いはいつもあります。だから折り合いをつけるのが大変なんです。柄に落とし込むときの。
カトウ:私も最終的に商品並んだ時の不安は、少しはありますね。自己満足にならないというのが大切なので。どんどん突き詰めていくとどうしてもひとりよがりなものになってしまいます。そういうときは一旦俯瞰してみることで「あ、違ったな」って気づく。そのくり返しです。
―私たちに届くその靴下は、アンティパストの世界をくり返し俯瞰していただいた結果なんですね。
ジヌシ:アートとデザインの違いですよね。アートなら自分の世界を突き詰めてもいいけれど、デザインとしては「どう合わせればいいか分からない」っていうのは違うんじゃないかなと思っていて。なんども俯瞰して「こういうの、ほんとに履きたい?」って自問するんです。実際に次のコレクションを企画するときは、サンプルを自分で着て、履いて、たしかめる。それで、あ、「今日、失敗」って時もあります。「自分実験」ですね。
カトウ:その失敗のくり返しでだんだんステップアップしていくんですよね。
Interview:Yoko Shinhara(SANPO CREATE)
Text:TEEMA, INC.(Yoko Okazaki・Yumi Iwasaki)
Photos:Satoru Nakano
Design:MATO INC.
INTERVIEWEE
ジヌシ ジュンコさん・カトウ キョウコさん | ANTIPAST
ANTIPASTデザイナー。それぞれがプリントと染め、織物のテキスタイルデザイナーとして活動後、雑誌、広告等のコスチュームやアクセサリーを共同で製作しはじめたことを機に、1991年にCoup de Champignonを設立。翌1992年 PARIS PREMIERE CLASS にて、ANTIPASTとしてデビュー。2005年S/Sシーズンよりアクセサリー中心のANTIPASTに加え、ウエアーを中心とした「+ANTIPAST」を開始。その繊細なつくりと唯一無二の魅力的なデザインは日本のみならず世界中のファンに長年愛され続けている。