百色なひと File.10 [1/3] 2020.04.07
謙虚に、こだわり、生み出す世界[前編]
ジヌシ ジュンコさん・カトウ キョウコさん │ ANTIPAST
おとぎ話のような世界が広がる靴下。包み込むようにあたたかく、ずっと履いていたくなるタイツ。靴下ならではの編み柄を取り入れた工芸品のようなカーディガン…。どれもが靴下を中心に展開するブランドANTIPAST(以下アンティパスト)だからこそのもの。自分らしい人生を積み重ね、それぞれの色で花咲く女性たちを訪ねる「百色なひと」では、アンティパストのデザイナーにして、高校時代からの友人同士でもある、ジヌシ ジュンコさんとカトウ キョウコさんのおふたりに、アンティパストの世界の魅力をたっぷり伺いました。前・中・後編の全3回でお送りします。
(中編はこちら)
(後編はこちら)
聞き手:新原 陽子 (SANPO CREATE/百色日記編集部)
靴下からはじまるスタイリング
―アンティパストのオリジナリティあふれる世界観が大好きで、ずっと大ファンです。今日はアンティパストの世界の秘密に迫れればと。
ジヌシ:ありがとうございます。アンティパストを始めた当初から今までずっと根底にあるのは服が好きだということ。どんな靴下を履きたいか?ということから考えて、だったらこんなスカートで、そしたらこんなトップスで…という感じに、靴下からファッションを考える。そんなものづくりもあっていいんじゃないかなって。
―たしかに、アンティパストの靴下やタイツを選ぶと、他のファッションアイテムを選ぶのも楽しくなります。
カトウ:私たちがアンティパストを始めたときは、靴下やタイツは「ファッション」というカテゴリーの外側にあったんです。仕方ないから、無地のカラータイツを履いていたような時代。でも、そうじゃなくて、靴下を「ファッション」に引き上げられたらって。アンティパストを通じて、その役目は果たせたのかなと振り返って思います。
―アンティパストの靴下を履いているひとを見かけたら、「アンティパストだ」とすぐにわかります。服の裾からチラッと見えるか見えないかの世界で、オーラを放っている。それまでそんな靴下、なかったですよね。
ジヌシ:以前から派手なキャラクターものとか柄物はありました。でもそれは逆に目立ちすぎというか…。そうではなくてスノビッシュにキチっと、かっこよく洋服と合わせられるものがあったらいいなと。振り返ってみると、その想いがアンティパストの出発点のひとつかな。
高校の友人同士ではじめた大好きなファッションの仕事
―ジヌシさんとカトウさんは高校時代からの友人同士とお聞きしました。WEBなどでのインタビュー記事を通しても、おふたりのそのおだやかな空気感がすごく印象的で。そんな空気をまとえること、友人同士でずっとブランドを続けていることも本当に素晴らしいなと。
カトウ:一緒に仕事をしていると、家族よりも接している時間が長いので、普通にケンカもするんですけど、ケンカしてもその5分後に決めなきゃいけないことがあったら、ケンカが終わっちゃう(笑)高校のときはただ仲がいいという感じでしたけど。
―ふたりで仕事を始めたきっかけは?
ジヌシ:最初は雑誌の仕事で。友人の編集者に頼まれて「ものをつくる」という連載ページを担当することになって。「じゃあ手伝って」って、カトウさんを誘ったのが始まり。その時はおたがい会社勤めだったから、休日とかに時間をみつけて企画して、服や装飾小物をつくって。毎回お題があって、アイテムが決められていたり、素材が決められていたり。そのお題に合わせて自由にファッションアイテムをつくったり、スタイリングしたり。それがすごく楽しくて。
―世の中にないものをつくるというのはワクワクしますね。
カトウ:ないからつくろうという、ある意味稚拙なところから始まっているから、アンティパストもどんどん進化させていく楽しさがありましたね。そうして進化しながら長年続けていくうちに、「これくらいのところにちょっと柄が出るとステキ」みたいな、さじ加減がパッとわかるようになってくる。でも、同時に「これでいいのかな?」という不安も。長年培ってきたものが、ある意味ルーティン的なものになってくるから。だからこそ、そのルーティンに甘んじないよう、洋服づくりを通じて新しいことにもチャレンジしていますね。
積み重ねた体験の源をたどる
―会社勤めのときはどんなお仕事を?
カトウ:生地をつくる最初の過程であるテキスタイルデザインの仕事をしていました。ファブリック用だと言われてデザインしたものでも、その先はデザインを購入した会社が決めるので、カーテンになるのかクッションになるのかはデザイナーにはわからないんです。だんだんそれがジレンマになってきてしまって…。
―そこから、どうして靴下に?
カトウ:その頃ちょうど靴下を製造する機械が進化してきていて。次から次へと新しいことができるようになったんですね。柄も細かいのができるようになったり、使える色数も増えてきて「靴下って、面白いかも!」ってなったんです。
―アンティークや旅先で出会ったテキスタイルからインスピレーションを受けると伺いました。印象的な旅先は?
ジヌシ:いっぱいありすぎて、ひとつには絞り込めないけど(笑)でも、昔、カトウさんと何人かで、2カ月くらいヨーロッパを放浪したのは印象的だった。その頃は旅慣れもしていなくて、なにもかも新鮮で。地下鉄ひとつとっても新鮮だった。
―地下鉄?
ジヌシ:地下鉄に限らずだけど、ヨーロッパって合理的で法則にしたがっている。電車はかならず左から来るとか、人同士がぶつからないように出口と入口がわかれているとか。それから、ドアを次のひとのために開けておくとか、困っていると必ず声をかけてくれたり。
―そういうところに、目がとまるんですね。
カトウ:体験をする、というのはすごく大事ですよね。バーチャルの世界でも体験したつもりにはなれるけれど…。実体験の積み重ねが人間的な成長につながるんじゃないかな。
―世の中にないものをつくろうと思えるのって、そういう体験の積み重ねがあるからかもしれませんね。体験を通じて、本当の意味で心を動かすこと、そしてその感動が原動力となって、さらに貴重な実体験を積んでいく。その繰り返しが大切なんだなって思います。
カトウ:五感を研ぎ澄ます、じゃないけど、今って体験の中でも、目と耳ばかりに頼っていますよね。私たちが大事にしているのは「触感」、触ること。生地は触ることで、なにが入っているか、どんな素材なのかがわかります。そしてなにより、靴下やタイツは肌に直接、触れるものだから…。触るという体験はずっと積み重ねていくしかないですよね。
靴下だからこその「力」
―触る体験の先にある靴下。でも触り心地だけでなく、気持ちが華やぐようなデザインも魅力です。私の母もお気に入りで、「お友達に褒められる」ってよく自慢してきます(笑)
ジヌシ:それはありがたいですね。デザインで気持ちが明るくなるって、ひとから聞くのは本当にうれしいです。アンティパストでは、神戸や新潟での震災の際に被災地に靴下を送りました。靴下って、毎日履き替えたいじゃないですか。
―素晴らしい活動ですね。
ジヌシ:現地の避難所に靴下がたくさん入ったダンボール箱が届く。そこに人がたくさん集まってきて、靴下を選ぶそうなんです。そのときに楽しい柄モノから無くなる。こちらは誰でも使いやすい無地のものがいいのかな?と思って送るんですけど、人気なのはかわいい柄モノ。気が沈みがちな時に必要とされるのはそういうものなんですよね。ボランティアさんからの報告ではダンボールの周りから、キャッキャと笑い声が聞こえたって。
―泣けます…。
ジヌシ:思い出したら、わたしも泣けてきました…。その時思ったんです。靴下をつくっていてよかったって。一時、無地が流行っていた時に、柄モノって必要とされないのかなって思っていたこともあったけれど、ああやっぱりそうじゃないんだって。そこで、迷いがなくなった。洋服とはまた違う、小物のもつ力がある。小物でもみんながファンになってくれるものを目指していいんだって思えたんです。
―本当に。靴下だからこその力って、絶対あると思います。
カトウ:売れずに残ってしまった靴下にも愛着があるから、サルのぬいぐるみ「ソックモンキー」をつくって、売上金の一部はユニセフに寄付しています。
ジヌシ:このテーブルマットも靴下の裁ち落としをパッチワークしたもの。これはイタリアのデザイナー、ルイーザ・チェベーゼさんにお願いして。ルイーザさんは廃棄されたものをプロダクト化するデザイナーです。廃棄しない、というのは大事ですね。とくにこれからの時代。
Interview:Yoko Shinhara(SANPO CREATE)
Text:TEEMA, INC.(Yoko Okazaki・Yumi Iwasaki)
Photos:Satoru Nakano
Design:MATO INC.
INTERVIEWEE
ジヌシ ジュンコさん・カトウ キョウコさん | ANTIPAST
ANTIPASTデザイナー。それぞれがプリントと染め、織物のテキスタイルデザイナーとして活動後、雑誌、広告等のコスチュームやアクセサリーを共同で製作しはじめたことを機に、1991年にCoup de Champignonを設立。翌1992年 PARIS PREMIERE CLASS にて、ANTIPASTとしてデビュー。2005年S/Sシーズンよりアクセサリー中心のANTIPASTに加え、ウエアーを中心とした「+ANTIPAST」を開始。その繊細なつくりと唯一無二の魅力的なデザインは日本のみならず世界中のファンに長年愛され続けている。