百色なひと File.05 2018.07.02
大切にしていることを
少しずつでも、伝えていく
長江青さん │ ミナ ペルホネン デザイナー/絵本作家
幅広い世代から支持されているファッションブランド「ミナ ペルホネン」のデザイナーのひとりであり、『ぐるぐるちゃん』シリーズを手がける絵本作家でもある長江青さん。長江さんが家族と暮らす広島県の尾道にある、古い空き家をリノベーションしたカフェで待ち合わせです。初夏の光をまるごとつかまえたような、ふんわりやわらかな白のワンピースに身をつつんで登場した長江さん。足元はレースのタイツにミナ ペルホネンの刺繍生地のバレエシューズ。手には鳥の形をしたユニークでキュートなハンドバッグ。その場にいた全員が思わず笑顔になるようなミナ ペルホネンの魅力が満載の軽やかで華やかなスタイルです。
おしゃれが自分を元気づける
―長江さんにとって服を選ぶことって?
好きなものを身につけるのは楽しいことだと思います。朝着替える時に、新しい着こなしかたや組み合わせかた、今までとは違う小物使いなどを思いついてそれがうまくいくと、それだけでこれから始まる1日が楽しみになります。お気に入りの服を着ている時は、普段よりも自然と積極的な気持ちになって、いつもより一歩踏み込んだコミュニケーションがとれたり、思い切った行動を起こせたりすることも。初めての方とお会いする日なら、その方に自己紹介するような気持ちで洋服を選びます。疲れたなぁと感じた日には、普段より意識的に洋服や髪型、アクセサリーに凝ることで、自分を元気づけます。鏡や窓ガラスに映った自分は一日のうちに何度となく目に入ります。そのたびに見かける自分が疲れていると、気持ちもさらにめげてしまいそうになるから、疲れてきた時にこそおしゃれをして、鏡の中の自分に「頑張ってるね。」「思ったより元気そうじゃない?」とアイコンタクトをする感じです。
「作る」が「社会」とつながるワクワク
―ミナ ペルホネンへの参加のきっかけは?
1995年に八王子の織物工場さんを通じてブランドを始めたばかりの皆川に会って、最初はお手伝いとして皆川のアトリエに通い始めました。当時の皆川は早朝からお昼まで魚市場でアルバイトをして、午後からミナ ペルホネン(当時はミナ)の活動をしていました。私も当時は美大の学生だったので、学校で授業を受けながら午後からアトリエに行って、ミナ ペルホネンのことをするという日々でした。美大ではファッションを専攻していたのですが、自分の好きなことが社会に結びつく糸口が見つけられないでいました。作りたい衝動や発表への欲求があっても、どこで誰に見せたいのかというイメージが持てないままでした。当時のミナ ペルホネンは、まだ卸し先が一か所見つかったばかりというささやかな活動規模だったけれど、ミナ ペルホネンで働くことは私にとって、それが社会に直接つながっているということを実感できる経験でした。「いいと思ったものを作って発表する→それを気に入ってくれたバイヤーが買い付けてくれる→注文されたものをつくって納品する→納品したものをお店側がきれいに並べて販売してくれる→きっと、それを気に入ってくれる人が現れて買ってくれる」この一連のプロセスそのものがすごいことだと思いました。当時の私には伝票を書くことさえもキラキラして見えて、私もそれができる人になりたいと思うようになりました。
素材のプロとともにつくりあげる
―長江さんのデザインのスタイルって?
良いデザインを思いついても、それを実現できなかったら自分の頭にあるだけで終わってしまいます。デザインを自分自身の手で形にできる方もいらっしゃいますが、私は複数の素材に対してのアイデアを、それぞれの素材のプロフェッショナルの方にお願いして作ってもらうやり方でデザインをしています。なので、まずは工場さんや職人さんに自分のやりたいことや大切なポイントを伝えながら、サンプルを作ってもらいます。技術的に難しい部分については、どの部分が難しいのかを具体的に教えてもらいながら、どんな方法だったら実現できるのかを相談します。たとえばフォルムを優先させるために素材を変更することもあります。何年もずっと一緒に組んでいる職人さん達は、ミナ ペルホネンや私のことをよくわかってくださっている方が多いので、職人さんのほうから「だったら、この方法は?」と提案をいただくこともあります。
―どんな時に喜びを感じますか?
自分がデザインしたものや関わったことについてお客様が喜んでくださっていると実感した時は、奇跡みたいだと感じます。そしてその時の「やっててよかった」「形にしてよかった」という気持ちは、次への励みになります。また、長年一緒に取り組んでくださってきた職人さんや工場さんという意味でも、皆川やアトリエスタッフとのチームワークという意味でも、自分の力を超えた活動ができるということは、ものすごいことだと思っていて、感謝が尽きません。
未体験を想像体験できる絵本の力
―なぜ絵本をつくろうと思ったのですか?
絵本は子どもの頃から好きで、高校時代の夢は絵本作家でしたし、絵本を作るチャンスがあるならやってみたいという気持ちは、ごく自然にありました。絵本の魅力はたくさんあるのですが、まず私は絵が好きなので、好みの絵の絵本は眺めているだけでも楽しいです。絵本は言葉にもすごい力があって、例えば絵本に「世界で一番きれいな花が咲いていました。」と書かれていたら、頭の中でその花は自分にとっての「世界で一番きれいな花」になります。言葉には読者の想像にストレートに働きかける力があり、絵はその言葉からのイメージを補完するものなんだと思います。言葉と絵の力をもって、絵本は自分がそれまで一度も考えたことのなかった世界やシチュエーションの中に連れていってくれたり、それまでの人生で一度も体験していないことでもそれを体験したような気持ちにさせてくれたりします。はじめてのおつかいに行って、周りの大人の行動を観察しながらちょっとドキドキしている自分がいたり、愛する恋人が死んでしまっておいおい泣いたりする……絵本や本は体験したことのない気持ちでもそれを実際に体験したかのように想像出来る媒体だと思っています。
―ミナ ペルホネンでの活動は絵本づくりにどんな影響を?
途中で何かうまくいかないことがあっても簡単には諦めずに、最終的になるべく良い形で仕上がるように考え続けることはミナ ペルホネンでの仕事で培われたものだと思います。それは、自分にとって大切な部分が人に伝わるようになるための表現方法を探し、少しずつでもそれを強めてゆく作業です。また、具体的な制作手法にもミナ ペルホネンでの経験は生かされています。『ぐるぐるちゃん』シリーズのちぎり絵は以前ミナ ペルホネンでスカーフなどの図案をつくる時にやっていた技法からの発展形でした。
「楽しい」「嬉しい」「ワクワク」をもたらす絵本に
―日々の生活から創作活動のイマジネーションを得ることは?
たとえば散歩をしている時に道端で花をみつけて、「かわいい花だな。この花を金属でブローチにするなら花びらにこんな表情をつけよう。この花の第一印象は変わった形の長いおしべだけれど、このままでは抜き型で形を起こすのは無理だから、1点ずつ手作業で形を作っていくしかないのかなぁ…」とか、自分の子どもを見ていて「レストランごっこが好きだねぇ。レストランごっこの絵本をつくるとしたら、主人公は動物じゃなくて人間の子どもかな。どんな設定だと面白いかな…」とか、ついつい想像してしまう感じはあります。そこまで一気に構想をふくらませても、その後の検証が尻切れトンボになったまま、日常生活に戻ることもよくありますが…。インスピレーションを刺激するものが日常の中に溢れていたとしても、そこから選び取り、形にすることは簡単ではないと思います。自由に空想している時間自体が楽しい一方で、空想ばかりで形にできないでいる時間が長くなってくると焦ることもあります。
―絵本づくりで一番大切にしていることは?
楽しい気持ち、嬉しい気持ち、ワクワクする気持ちがもたらされる絵本になったらいいな、というのが第一にあります。「あかちゃんやちいさな子どもたちにとって、良い絵本ってなんだろう」ということはよく考えます。と同時に、それがたとえ少人数だったとしても、自分の絵本を読んで悲しい気持ちになる子どもがいませんように、といつも思っています。受けとり手としての子どものことを第一に考えて、その次に絵本を読みきかせる大人のことを考えます。大人と子どもが時間を共有する時に、自分の絵本が担ってほしいことは何かを考えながら絵本づくりに取り組んでいます。
Interview&Text:TEEMA, INC.(Yoko Okazaki・Yumi Iwasaki)
Photos:Tatsuya Tabii
Design:MATO INC.
INTERVIEWEE
長江青(ながえあおい) | ミナ ペルホネン デザイナー/絵本作家
ファッションブランド「ミナ ペルホネン」の小物のデザインなどを担当。武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科ファッションコース卒業。大学在籍時から同ブランドに参加。10年間のベルリン滞在を経て尾道在住。2011年、赤ちゃん向け絵本『ぐるぐるちゃん』を出版。『ぐるぐるちゃんとふわふわちゃん』『ぐるぐるちゃん かくれんぼ』(いずれも福音館書店)を含めた「ぐるぐるちゃん」シリーズは全国の幼稚園、保育園や家庭で親しまれている。
PLACE
56cafe
広島県尾道市三軒家町3-26 三軒家アパートメント102
JR山陽本線尾道駅から徒歩3分
営業時間: 12:00~18:00頃(不定休)