広島県北部、北広島町にある圓立寺（えんりゅうじ)には樹齢370年と言われる見事なしだれ桜があります。毎年春には、地元はもちろん遠方からもこの桜を見るために、たくさんの人が訪れます。その荘厳なしだれ桜の枝が、冬の豪雪で折れてしまい、時を重ねた桜の枝が無残にも地面に横たわってしまいました。しかし、折れた枝は冬を越え、春を待ち、ふたたび花を咲かせることに―― そんな奇跡のそばに、花のひと 平本拓也さんの姿がありました。

桜に呼ばれ、桜に集まる

―しだれ桜との出会いは？

昨年の秋に、圓立寺様で花をいけさせていただく機会がありまして、その時に初めてこのしだれ桜を見たんです。なんて立派な桜なんだろうって。でも今年の３月になって、お寺から雪の重みでしだれ桜が折れてしまったと連絡をいただき様子を見に伺ったんです。大きな枝が地面に落ちているのを見たときは、とても心が痛みました。美しい姿を知っているからなおさら辛かった。その場でお寺の方とこの枝をこのままにしておくのではなくて、なにかで生かせないかというお話をしました。ほどなくして、三桝正典さんと仰る美術家の方のギャラリー展示の会場でこの折れた枝をいけてみないかとのお誘いをいただいたんです。

―三桝正典さんは、福島県飯館村にある三千本の桜を育てたご夫妻に寄贈する桜の襖絵を４月にギャラリー展示されたとか

もともと襖絵の展示企画だったようですが、同じ「桜」ということもあり私にも声をかけていただきました。他にも、着物を洋服に仕立て直すアーティストや、展示会場で桜の演目を披露してくださる能楽師の方も参加。やることもバックグラウンドも別の4人ですが皆さん「桜」でつながった者同士。桜のもとに自然と集っていくような、不思議なようで必然とも思える縁。とても刺激的で心動かされる経験でした。

折れた桜に寄り添い尽くす

―一度折れてしまった桜は再び花を咲かせられるもの？

桜は折れてもなお、水を木の中にたくわえる植物ではあるようですが、それでも一度折れた桜の枝から花を咲かせることは決して簡単なことではないと思います。今回は大雪が降り続けたため１月に折れた枝がずっと雪に埋まっていたこともあって、水を維持しやすい条件がそろったことの影響も大きいかなと。雪解け後の3月末、私はふたたび圓立寺を訪ね、折れた枝を自宅に持ち帰り、4月の展覧会までの間、時間と手間を惜しまず、その枝を管理しました。とはいっても、管理方法にはかなり悩んで、悩んだ末、桜が育った町の気候に合わせて冷蔵庫に入れておくことにしたんです。自宅のある広島市は圓立寺よりも気温が高いので。自分のせいで桜にストレスを与えてしまうのは違うと思うから。

―もう桜が家族みたいですね

そうなんです（笑）定期的に日光浴させたり、でも過保護にしすぎるのも良くないなとか、とにかくその期間はずっと桜のことが気がかりで。自分の気持ちを限りなく桜に寄せていく作業だったんだと思います。そのうち、持ち帰ったいくつかの枝から花が咲き始めて、ちょうど展覧会の会場でいけたときは五分咲きくらい。そこから、最終日の能の開演時間に合わせるかのように満開に。「よく咲いてくれたね」と思わず声をかけた、感動的な瞬間でした。

朽ちたままの美しさ

―桜の「幹」だけ。これもいけ花ですか？

樹齢370年という年月を感じられるものを、と思ったんです。古い木には苔がむします。幹の中に虫が入って、腐って、それが原因で折れてしまうことも。桜の花が咲くのは枝の部分ですよね。だけど僕は年を重ねて、朽ちた幹の美しさ、370年の時を感じてもらいたいと思ったんです。木にも人間の体のように骨・身・皮にあたるものがあります。言ってみれば、この幹は骨がむき出しになってしまった状態。でもこれ何かに見えませんか？私は仏像に見えたんです。円空が彫ったような仏様。それでハッとして。

―どんな想いでこの幹をいけたのでしょうか？

自分の想いを表現したいっていうんじゃなくて、これが自然に出会うべくして出会った桜の姿だったんですよね。桜をいけた、ではなくていけさせてもらったという感じ。これを展示しなさいって桜から教わっているような。ちょっとスピリチュアルっぽいですが、でも本当にそう感じたんです。桜の想いを心で感じました。展示が終わった今、いけた桜は燃やして、炭にし圓立寺のしだれ桜の根元に撒きにいきたいと思っています。